2020.03.31更新

 記録的暖冬のおかげで3月のうちから花見を口実に酒が飲めると息巻いていた2月中旬頃は,果たして現在の状況を予想できただろうか。記録的暖冬ならぬ記録的自粛の波が押し寄せ,学校は休校,飲食店は閑古鳥,そして調停待合室は換気+人の少なさで肌寒くなった。

 

 三連休の頃は,少しは明るい未来が見えたかと思ったが,先週の半ばから雲行きが怪しくなってやれクラスターだのオーバーシュートだのロックダウンだのさすがにこれまでに聞いたことのないカタカナ語が飛び交うようになった。

 

 我々の業界にはすぐには影響が出ていないものの,某掲示板などを見ると新規の相談予約が全くないとか数か月後の実入りのことが心配とか様々な意見を目にする。あぁ,うちの事務所はいつも通り相談数が少ないので影響はありません。

 

 ただ,数年前までは相談数が少ない→仕事量も少なかったのだが,最近は相談数が少ないのに仕事量が爆発的に増えてきて何やら意味が分からない。

?「じゃあ,その分儲かってるんですね。」

T「残念ながら売り上げには結びついてません。」

?「またまたご謙遜を。」

 セールス電話がかかって来てはこんな会話を繰り返す空虚な毎日が眼前に広がっている。

 

 

 春になると昔のことを思い出す年齢になってしまったが,最近よく思い出すのは大学生の頃である。新年度が始まるころに品川駅で山手線に乗り換えている映像ばかり思い出す。あの頃,2020年なんてあまりにも遠い未来だったはずなのに,いま自分がその時代を生きていることになかなか実感がわかない。

 

 遠い未来は突然やってくるものではなくて,毎日の積み重ねなのだと言ってしまえばあまりにも陳腐な言い回しだけれど,結局未来に進む原動力などというものは過去に注いだリソースの量に左右されるものなのだと思う。「好きなことをしていたら今の職業にたどり着いた」という言説はあまりにも広く人口に膾炙しているが,それは好きなことをしていたら偶然成功した少数者が広めているまじないのようなものであって,大多数の人間は好きなことをして生きているわけではない。

 

 私個人にとっても,たまたま授業の中で国語と社会が好きで,より多くの理解を得るために勉強に費やす時間も多くなって,そうしたら大学に進む道が目の前にあったから受験勉強をして,入った法学部で不真面目ながらも教科書を読んで,法科大学院では周りについていけなくなるのが怖くて必死に勉強して,そうやって法律学につぎ込んだリソースが多かったから,現在たまたま弁護士をやっているに過ぎない。

 

 こういう言い方をすると何やら嫌味にしか聞こえないが,別に弁護士に限らなくても,仕事に対して熱意をもって取り組んでいれば,どういう職業科に関わらずそれだけで尊敬に値する。そして,そういう人たちは,最初から情熱をもって仕事に打ち込んでいたというよりも,やっているうちに楽しくなってきてより多くのリソースをつぎ込んだ結果,周囲から尊敬されるような仕事ぶりをするようになったのだと思う。

 

(そういう意味では,例え弁護士であっても熱意をもって仕事に取り組んでいなければ,非難されても仕方がないことだとは思う。)

 

 目指すべき未来なんて簡単に見つかるわけではないけれど,自分がリソースをつぎ込んでみようと思うことがあれば,それは将来の職業につながっているかもしれない。

 

 

 そうして,一方では長い休校の結果別れの思い出も十分に作れなかった学生や生徒を想い,他方では本来ならば明日の入社式で華々しい社会人デビューを飾るはずだったのにデジタル入社式やらなんやらに切り替えられる新社会人たちを想う。

 

投稿者: アダジオ法律事務所

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