2021.03.01更新

 ご無沙汰しております。

 

 言うまでもなく今年に入ってから最初の更新です。いやぁ,時が経つのは本当に早いですね。30歳になった頃には「胸やけ?何それ?」とか言っていた私も,松屋のマッサマンカレーを食べた後には永遠の胸やけ地獄に襲われるようになりました。決して松屋をディスってるわけではありませんよ。むしろ胸焼けしてまでも食べたいくらい美味しいという意味で礼賛しているのです。

 

 

 さて,あれは昨年の秋の頃でしたでしょうか。政府は行政手続における押印の原則廃止を発表し,ハンコ擁護派とハンコ廃止派の激しいやり取りが行われました。

 私のハンコにまつわる思い出といえば,「中学校の卒業記念でまず「角」の真ん中の縦線が突き抜けていないハンコ(要するにこのパソコンの画面通りの字)をもらった後に,「角」の真ん中の縦線が突き抜けているハンコ(戸籍上の氏名)の2本をもらい,最初は縦線が突き抜けている方を使っていたらハンコが歪んで全然押印できなくなって,仕方がなく「角」のハンコを使い始めたら現在まで使い続けてしまっている」というものでしょうか。エピソードめっちゃ長い。

 あとは,はじめての一人暮らしの時にアパートの申込書に緊張しながら渾身の力で押印したところ,朱肉がおかしかったのか次第に周囲に滲み始めちゃって結局押しなおす羽目になったことくらいですかね。申込書だけ神奈川県と長崎県を2往復しましたね。ロングジャーニー。

 

 

 まぁ,私のくだらない思い出話はさておいて,我々の業界は押印する機会が非常に多い業界です。裁判所に行っちゃ押印,検察庁に行っちゃ押印,警察署に行っちゃ押印。次第に押印の腕が発達してきて,いまでは朱肉さえおかしくなければかなりきれいに押印することができます。ただし,金融機関のベテラン行員さんにはまだまだ敵いませんので,印鑑届への押印の際にはお願いしちゃいます。

 この押印文化なのですが,私の理解では,押印という行為が「文書の成立の真正」に関わるものであると理解しています。つまり,自分のハンコが押されている文書は,普通は私自身が押したものなので,その文書自体も私自身が作成したものであると言えるからです。これを「二段の推定」と呼んだりしますが,詳しくは近くにいる法学部生や法科大学院性をとっ捕まえて聞いてください。

 

 

 このように,押印という行為は,ハンコが押された書類がハンコの持ち主によって作成されたことを意味するものなのですが,私の日々の業務の中でどうしても解せないものがあります。それは,

 

 「成年被後見人のハンコを要求される」

 

 というものです。

 

 

 成年被後見人というのは成年後見人が就いているひとのことですが,認知症や知的障害などで判断能力が失われてしまった成年被後見人の代わりに成年後見人が契約手続等の法律行為をするというのが成年後見制度の超簡単な説明です。

 この成年被後見人には,裁判所が判断能力がないと判断して成年後見人を選任することによってなるわけですが,その能力の程度には幅があって,話はできるけど意味が通じないといったレベルから,話すらできないというレベルまで存在します。ただ,いずれにしても契約手続をするなどの判断能力がないことは同じです。

 

 

 このような制度であることを踏まえれば,すべての手続は私のハンコでできるはずなのですが,行くところ行くところで「ご本人様のハンコが押されてないようなんですが・・・(冷笑)」という反応を受けます。

 そりゃそうでしょう。ご本人が手続できないから私が代わりに手続してるわけであって,ご本人のハンコが押されてたら,それはご本人が手続できちゃってるという意味か,私が文書を偽造しているかのどちらかであって,本来的にはご本人のハンコを押すというのはおかしなことです。

 私も若い頃はもう少しとがっていたので,「私が成年後見人に選任されてるんだから本人のハンコがないのは当たり前でしょうが」と抵抗していたのですが,あまりにも同じやり取りの繰り返しなので最近ではもう少し丸い言い方にしています。私がこの問題をどうやって処理しているのかは守秘義務の関係上省きますが,このやり取りをすること自体が無駄な時間だなぁと感じています。

 

 

 余談ですが,一番最初に挙げた裁判所と検察庁は,司法機関と準司法機関であることの関係から今回の押印廃止の流れから完全に取り残されているので,いまでもバンバンハンコを押していますが,警察署は行政機関なので押印廃止の流れが押し寄せてきています。これもあんまり言うと生々しいのでやめますが,接見時のあの書類にはこれまで3か所に押印しないといけなかったのに,年明けからは押印しないでよくなっています。これまでめっちゃ押印してきてたから,廃止を知ったときは本当にビビった。

 

 

 まとめると,「ハンコをうまく押せたときはすごい気持ちいいからハンコ押すこと自体は好きだけど,仕事でハンコ押すのはめんどくさいやり取りしなきゃいけないこともあるから,落款押すくらいがちょうどいいよね」ということですね。ごちそうさまでした。

投稿者: アダジオ法律事務所

2020.12.07更新

 2020年はキラキラして眩しい一年になって,2021年はその反動でめっちゃ暗い時代になると思っていたちょうど1年前からすると,キラキラした部分だけが根こそぎなくなった一年でしたね。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

 このブログなんですが,いろんな方々から「ブログ観てます」と言われて,元々少ない更新がさらに少なくなっております。いや,忙しかったんですよ今年は。こんなことをいうと,新型コロナウイルスの影響をまともに受けた皆様にケンカを売っているようですが,そんなつもりは全然ないんです。

 

 この年の瀬のブログを読んで年賀状に書くメッセージを考えておられる方もいらっしゃるようなので,少し時間に余裕もできたことですし,今年を振り返ってみましょう。

 

 

 思い返すと,前回のブログ更新は3月の終わりなんですね。何だか今年は1回も更新してない気がしていたんですが,1回くらい更新してるとはさすがです。いや,志が低すぎますね。

 でもその更新の記事が思ってたのと違って驚きました。それよりも更新してなきゃいけない記事が見当たらないんです。その内容はですね。

 

 

「当事務所は,おかげさまで開業5周年を迎えることができました(令和2年2月1日)」

 

 

 普通の事務所だったらこういう重要なニュースはすぐ記事にしますよね。それどころか,ホームページのトップページにでかでかと宣伝して,しまいには5周年記念の無料相談とかもやらなきゃいけないかもしれない。いや,きっとやるはずだ。どうしよう,やってないうちに6周年が目前に迫ってきちゃった。てへぺろ。

 

 さて,気を取り直しまして,新型コロナウイルスが流行するまではあまり普段と変わらない生活してました。3月くらいは結構忙しくしてた記憶が薄くあります。

 

 それが,4月になって週が明けたら俄かに緊急事態宣言がどうたらこうたら言い出して,裁判が止まるだか止まらないんだか言い出して,家裁の調停係で「期日がなくなるっていう噂は本当ですか?」と聞いたら,「そういう質問にはお答えできないんですよ(苦笑)」と言われて恥ずかしい思いをしたりして,蓋を開けたらやっぱり全部の期日が取り消されたりして,大人って本当に信用できないんだなと思いました。

 

 裁判や調停がすべて止まってしまったので,それ以外の仕事を精力的にこなしていたこともあり,4月はそれなりに忙しく過ごしました。

 あと,裁判ばかりやっていた先生方は時短勤務したり,テレワークしたり,某給付金をもらったり大変だったようですが,元々そんなに裁判を抱えていない私には法テラスから国選弁護依頼の電話がじゃんじゃんかかってきまして,緊急事態宣言中は国選事件ばっかりやってました。

 

 そうすると,法テラスも味を占めるんですかね。担当週じゃないのに電話がかかってきたり,否認事件ばっかり回ってきたり,横須賀署じゃない事件(逗子署とか三崎署とか)が回ってきたりして,すっかり刑事専門弁護士みたいになってしまいました。

 人との接触を避けろとか言われても,国選事件は無理ですからね。毎日接見に行って,毎日アクリル板越しに話をしてました。某警察署はアクリル板にある空気穴まで全部ふさいでたので,音がわんわん反響しちゃって困りました。

 

 こうして事務所でゆっくり専門書を読みふける時間はなくなったわけですが,刑事事件に関するスキルはさらにパワーアップしました。このスキルがどう発揮されるかは自分でもわかりませんが,パワーが上がること自体はいいことです。

 

 あとは,抱えていた相続財産管理事件が3件とも終わりそうです。抱えていた事件のうち,1件は平成29年8月から,もう1件は平成30年11月からやっていますから,ずいぶん時間がかかってしまっていました。

 やらなきゃいけないことか多かったからなんですが,年内にはほとんど終わるかと思います。こちらのスキルも蓄積されましたね。

 

 他には,横須賀市の委員をやったり,専門学校の講師や中学校の総合的学習の時間に講義をしたり,弁護士業務以外の仕事もウエイトも大きかったように思います。新型コロナウイルスの関係で最も影響を受けた分野の一つが教育分野なので,学生や生徒の皆さんは本当に大変だったと思います。

 今年の専門学校の学生は,例年にも増して真面目だったと思いますが,新型コロナウイルスによる日程の遅れも相当程度影響したかと思います。私自身,学生の皆さんと結構仲良くなれてよかったです。

 

 今年は暦の並びが悪いので,正月気分があまり続かないのが残念なところです。そんなこといって,お前のところの事務所は5日まで休むつもりだろうって?ちょっと何言ってるかわかりません。

 

 

 それでは,今年もまだまだありますが,きっと今年最後の更新になりますので,ちょっと早めですがお伝えしておきます。みなさま,よいお年をお迎えください(来年が年男より)。

投稿者: アダジオ法律事務所

2020.03.31更新

 記録的暖冬のおかげで3月のうちから花見を口実に酒が飲めると息巻いていた2月中旬頃は,果たして現在の状況を予想できただろうか。記録的暖冬ならぬ記録的自粛の波が押し寄せ,学校は休校,飲食店は閑古鳥,そして調停待合室は換気+人の少なさで肌寒くなった。

 

 三連休の頃は,少しは明るい未来が見えたかと思ったが,先週の半ばから雲行きが怪しくなってやれクラスターだのオーバーシュートだのロックダウンだのさすがにこれまでに聞いたことのないカタカナ語が飛び交うようになった。

 

 我々の業界にはすぐには影響が出ていないものの,某掲示板などを見ると新規の相談予約が全くないとか数か月後の実入りのことが心配とか様々な意見を目にする。あぁ,うちの事務所はいつも通り相談数が少ないので影響はありません。

 

 ただ,数年前までは相談数が少ない→仕事量も少なかったのだが,最近は相談数が少ないのに仕事量が爆発的に増えてきて何やら意味が分からない。

?「じゃあ,その分儲かってるんですね。」

T「残念ながら売り上げには結びついてません。」

?「またまたご謙遜を。」

 セールス電話がかかって来てはこんな会話を繰り返す空虚な毎日が眼前に広がっている。

 

 

 春になると昔のことを思い出す年齢になってしまったが,最近よく思い出すのは大学生の頃である。新年度が始まるころに品川駅で山手線に乗り換えている映像ばかり思い出す。あの頃,2020年なんてあまりにも遠い未来だったはずなのに,いま自分がその時代を生きていることになかなか実感がわかない。

 

 遠い未来は突然やってくるものではなくて,毎日の積み重ねなのだと言ってしまえばあまりにも陳腐な言い回しだけれど,結局未来に進む原動力などというものは過去に注いだリソースの量に左右されるものなのだと思う。「好きなことをしていたら今の職業にたどり着いた」という言説はあまりにも広く人口に膾炙しているが,それは好きなことをしていたら偶然成功した少数者が広めているまじないのようなものであって,大多数の人間は好きなことをして生きているわけではない。

 

 私個人にとっても,たまたま授業の中で国語と社会が好きで,より多くの理解を得るために勉強に費やす時間も多くなって,そうしたら大学に進む道が目の前にあったから受験勉強をして,入った法学部で不真面目ながらも教科書を読んで,法科大学院では周りについていけなくなるのが怖くて必死に勉強して,そうやって法律学につぎ込んだリソースが多かったから,現在たまたま弁護士をやっているに過ぎない。

 

 こういう言い方をすると何やら嫌味にしか聞こえないが,別に弁護士に限らなくても,仕事に対して熱意をもって取り組んでいれば,どういう職業科に関わらずそれだけで尊敬に値する。そして,そういう人たちは,最初から情熱をもって仕事に打ち込んでいたというよりも,やっているうちに楽しくなってきてより多くのリソースをつぎ込んだ結果,周囲から尊敬されるような仕事ぶりをするようになったのだと思う。

 

(そういう意味では,例え弁護士であっても熱意をもって仕事に取り組んでいなければ,非難されても仕方がないことだとは思う。)

 

 目指すべき未来なんて簡単に見つかるわけではないけれど,自分がリソースをつぎ込んでみようと思うことがあれば,それは将来の職業につながっているかもしれない。

 

 

 そうして,一方では長い休校の結果別れの思い出も十分に作れなかった学生や生徒を想い,他方では本来ならば明日の入社式で華々しい社会人デビューを飾るはずだったのにデジタル入社式やらなんやらに切り替えられる新社会人たちを想う。

 

投稿者: アダジオ法律事務所

2019.12.13更新

 今年が終わろうとしていますね。

 

 改元のどんちゃん騒ぎが遠い昔のように思うくらい,今年1年は長かった。

 

 年を取ると1日が過ぎるのが早くなると言いますが,さすがに1年スパンは早くならないようです。

 

 あぁ,そうだ。今年の年末休業についてはトップページに掲載しておきましたので,ぜひご覧ください。

(このブログの読者がそんなことに興味がないことはよーく知ってますよ。ただのプチアピりですよ。)

 

 さて,年の瀬になると,本来であれば今年1年間を振り返ったり,来年の抱負を述べたりするのでしょうが,人間としての器が旅館で出てくる茶碗くらい小さい私にとっては,全く無縁の事柄であります。そこで,今日は,最近感じたお願い事と多少の案内を述べて,師走らしいブログ記事といたします。

 

 

1.当日予約は緊急のとき限定で!

 

 昔から一定数かかってくる電話の中に「今日相談できますか?」という電話があります。結論から言うと,「やりたくありません。」。

 こんなことを書くと普通のFacebookなら炎上するところですが,別にサボりたいから言っているわけではありません。その日の予定は,結構前から決まっているものですし,例え事務所にいる時間でも,溜まっている書類仕事をしたり,電話かけたりメール返したり,いろいろとやらなきゃいけないことはあるわけです。

 なので,「今日相談できますか?」という電話をもらうとテンションの下がり方が半端ないわけです。

 とはいっても本当に緊急の相談事はあるかもしれませんので,一律に当日相談を拒否してるわけではありません。ご自身の胸に手を当てて,「これは緊急案件だ!」と思う事案の場合には是非ご連絡ください。ちなみに,「今日の午後に相手方との話し合いがあるので,午前中に相談できますか?」という事案は,ご自身で寝かせてしまったことが原因なので,緊急性はないと思料します。

 

 

2.金曜日の午後に翌週月曜日の予約をするのはやめて!!

 

 少し考えればわかることですが,土曜日と日曜日は事務所が休みなので,翌週月曜日と言うのは翌営業日なわけです。

 確かにご自身の時間の流れからすると,「月曜日って3日後やん。余裕やん。」という感覚なのかもしれませんが,私の時間軸では金曜から月曜にワープしますので,事務所的には3日後ではありません。

 これはねえ,メールを送ってこられても土日に返さなきゃいけなくなって休みじゃなくなるし,留守番電話にメッセージを残されると気付くのが月曜日当日というトラップカード発動状態なので,いずれにせよ非常に困るわけです。

 あと,世の中の皆さんがなかなか気づかないことなのですが,弁護士というのは結構事務所にいないことが多いので,金曜日の午後というのは月曜日から見るとほとんど余裕がないわけです。

 ちなみにこれの応用系で,金曜日の午後に留守番電話が残されていて「土日ってやってますか?」というパターンもあります。残念でした、メッセージに気付いたのは月曜日でした。

 

 

3.法律相談後にいつまでもメールを送ってこないで!!!

 

 私は相談時に必ず名刺を渡しているわけですが,その名刺には私のメールアドレスが書いてあるわけです。

 また,メールフォームからお問い合わせいただいた場合には,私のメールアドレスから返信を送っているわけなので,相談者の方に私のメールアドレスが知れるわけです。

 それはまあいいのですが,法律相談が終わった後も何度もメールでお問い合わせいただく場合があり,その度に思うわけです。「法律相談料請求してもいいかな?」と。

 そんな小っちぇえ話すんなよと言われそうですが,一応専門家やってますので,そんなに小っちゃい話でもないと思うんですよね。事務所で法律相談する場合には相談料が発生してるわけですから,メールで相談する場合も基本的には同じですよ。

 とかこんなこと書くと,また善良な市民の皆さんが委縮しちゃうわけですが,再度の法律相談の予約とかその後の経過のご報告とかであれば全然問題ありませんので,そんなに気にすることはありません。「今度裁判所に提出する書面の内容をチェックしてもらえますか?」とか言い出さない限りは私もブチぎれたりはしません。

 

 

 というわけで,今日は年末に聞いておくと得をする,法律事務所のお作法のお話しでした。

 年内に少しでも余裕があれば,また何かしら更新したいですね。今年も更新数少なかったので。

 それでは,今月中のさらなる更新を全く期待しないでお待ちください。

投稿者: アダジオ法律事務所

2019.09.12更新

 「この前タウンニュースに出てましたね!」といろんな人に言われるのだが,その日のタウンニュースを見ても載ってない。

 なんでだろうと思っていたら,そうか,逗子・葉山版だったわけね。

 私の拙いお話でよければ一席お付き合いください。もう一人の講師の川尻先生が私の分まできっちりフォローしてくれるはずです。私よりかなり真面目な人間です。

 それにしても,もっといい写真はなかったのかね。うさんくさいよね,この写真。と言っていたら,このホームページに使われてる写真でした。残念!

 いまから4年半くらい前に撮ったはずなのに,今よりも老けてる気がするのはきっと気のせいだろうと思う。あー,でも白髪は異様に増えました。きっと気苦労が多いんですよ。自分で言うセリフじゃないですけど。

 

 ということで,みなさまよろしくお願いいたします。https://www.townnews.co.jp/0503/2019/09/06/491323.html

 

 

投稿者: アダジオ法律事務所

2019.08.13更新

 世の中はやれ最大9連休だとか,Uターンのピークに直撃だとか盛り上がっているが,当事務所は今日も元気に営業中です。

 あれ,去年までは普通に夏季休業してただろうって?忘れたね,そんな前の出来事は。

 まあ,家にいても灼熱地獄で頭がぼーっとするだけなので,いっそ出勤してしまった方が気が楽というものです。

 

 さて,久しぶりにブログを書くことだから,何かどうでもいいことを書きましょう。

 そうですね。私は「先生ってスーツにこだわりありそうですね。」と言われる率が高いのですが,はっきり言ってそこまでのこだわりはありません。シルエットはきれいな方がいいけれど,そもそもの体のラインが崩壊しているので,最近では特にこだわりがなくなってきてます。哀しいね。

 そんな私でも日によってスーツのチョイスは変えてますので,私が着ているスーツを見ればその日の私の予定が大体わかります。

 では,お盆特別企画。スーツを見分けて私の予定を当てようのコーナーです。

 

 

1.青系かグレー系のスーツを着ている日

 

 通常営業の日。適度に相談が入ったり民事の期日が入ったりしている日。人に会うので,あまりラフな格好もできないなと思っていると思考回路が停止してきて特に派手でもなければ地味でもないいわゆる「普通」のスーツを着てしまう。合わせるネクタイは茶系か緑系が多いと思う。

 こういう日に私に会ったときには,快活に挨拶をしてもらって構わない。

 

 

2.茶系のスーツを着ている日

 

 少し気が抜けている日。法律相談は入ってるかもしれないが,民事の期日はほとんど入ってない。いや,そもそも民事の期日が入っている日の方が珍しいけれど,こういう茶系のスーツを着ている日は,法曹関係者以外の人に会ったり,日長一日事務所で書面仕事をしたりしている日。簡単に言うとリラックスモード。

 外を歩いているときも微妙に気が抜けているので,会釈くらいでとどめてもらえるとありがたい。

 

 

3.黒系のスーツを着ている日

 

 ビジネスの世界でブラックスーツを着るのはご法度というのはわかっているが,それでも来ているということは何か特別なことがある日。すなわち,刑事裁判の期日が入っている日。逆をいうと,刑事の期日が入っていない日には,まずブラックスーツは着ない。修習中に長崎の先生に言われたセリフ「Pもちゃんとスーツを着てくるし,被害者やその関係者が見に来ることもあるわけだから,Bがラフな格好するっていうのは弁護活動の観点からもよくないと思う。」を真面目に実践し続けて早6年。

 むろん,どんなに暑い日でもフル装備なので,この季節に外で会ったときには(頑張ってるんだなと)微笑んでくれるとうれしい。

 

 

4.わかりやすいチェックのスーツを着ている日

 

 夜に楽しみな宴会が控えている日。

 あまり仕事をする気がないので,不要不急の連絡は控えていただけると大変助かる。

投稿者: アダジオ法律事務所

2019.05.30更新

・可能性

 

 「先生,可能性が少しでもあるならやってみたいんですけど。」どうぞやってみてください。ただし,可能性という意味をよくわかっていないのではないでしょうか。

 

 可能性というのは,事実が不確定な状態を指す言葉であって,うまくいくこともあればうまくいかないこともある。こんなことは常識の範囲に属するものであって,私がわざわざ説明するのはおかしいのではないでしょうか。

 

 うまくいくことがある以上,成功した際のバラ色の光景が瞼の裏側に浮かんでいるのかもしれませんが,うまくいかないことだってあるわけです。そしてそのうまくいかなかったことの危険を引き受けられるのであればやればいいし,引き受けられないのであればやらなければいい。私はそんなに難しいことを言っているわけではありません。

 

 これが宝くじを買うというくらいの話なら,1等が当たればバラ色の人生でしょうし,当たらなかったとしても買った分のお金が無駄になるだけであってそんなに大変なことになるわけでもありません。ただ,弁護士に相談するような内容でリスクがほとんどないなんてことはまずありませんよね。トンネルが連続する国道16号線の区間で横断歩道の場所まで歩きたくないから,トンネル内を歩いて渡りたいというのであっても私は止めません。うまく反対側の歩道までたどり着けるかもしれませんものね。

 

 というわけで,私自身はどんなに頼まれてもうまくいく可能性の低い行動はとりません。

 

 ちなみに,某ロボットたちが必殺技を出し合う大戦系ゲームでは,命中率が92%でもこちらの技は当たらないし,回避率が96%でも相手のビームライフルはあたってしまいます。案外確率論なんてそんなものかもしれませんね。

 

 

・支配領域性

 

 「先生,相手も弁護士に相談してるみたいなんですがどうすればいいですか。」いいことじゃないですか。

 

 自分が行動することによって結論が変わりうるのであれば頑張って行動して未来を変えてみればよいと思いますが,行動しても何も変わらないのであれば行動しても意味がありません。もっと言うと,そのような自らの融通の利く範囲外のことについて聞かれても,何とお答えすればいいかわかりません。

 

 手の届く範囲に醤油があったときに「醤油とってほしいんですけど。」と言われれば喜んで取りますが,電話で「刺身弁当に醤油が入ってなかったんですけど。」と言われても自分で醤油を買ってくるか味のない刺身を食べるかどちらかしかないのではないでしょうか。すべてのお願いはその人が行動できる範囲内だからこそお願いとして成立するのだと思います。

 

 自分が行動する際の意思決定に対して助言を求められれば応じますが,第三者の行動に対してとやかく言える権利はないのではないでしょうか。他人がどうするかより自分はどうしたいのかを考えた方が生産的です。なお,私は心から憎んでいますが,一緒に食事に行った友人がすべての食べ物の上にパクチーを山盛りにしたとしてもそれをやめさせることはしません。いや,鼻栓は欲しい。

 

 ちなみに,「支配領域性」という言葉は,敬愛する西田典之先生の書籍に出てくる言葉で,「客観的に排他的支配はあるが,その排他的支配の獲得が意思に基づかないという場合は,『支配領域性』と名付けて区別すべきである。」という部分から引用したものです。先生の意図とはかなり異なってしまっていますが,その言葉のスマートさが気に入って自分なりに解釈して使っています。

 

 

・東京

 

 ミスターチルドレンの楽曲の中に「東京」という歌があります。ジャスラックに目を付けられたくないので歌詞は載せませんが,私の東京に対するイメージを見事に歌い上げた名曲で,カラオケでは度々歌ったりしています。

 

 何が言いたいかと言えば,東京はたまに行くと楽しい街ですが,自分が生活するには生きにくい街だということですね。人は多いし,車は多いし,街に鳴っている音の種類もとにかく多い。道を歩いていても地に足がついていないような感覚に襲われる。

 

 あと,東京の弁護士に触れると,違う人種なんじゃないかと思うくらい仕事の仕方が異なりますね。よく言えば依頼者ファースト。悪くは言いませんよ,誰が見てるかわからないからね。好戦的であることは間違いないので,郊外ののんびりとした空気で放牧されたわが身としては怖くて仕方ありません。電話してても胃が痛い。

 

 例えて言うなら,東京の弁護士は戦で相手の領土を奪い取ろうとする主君タイプで,我々周縁部の弁護士は交渉や同盟でより良い結果を得ようという主君タイプですかね。どちらも一長一短だと思いますが,織田信長に対してシンパシーを感じない私としては,やはり周縁部の弁護士でよかったのだと思います。ちなみに某ゲームでは北条氏康でプレイすることが多いですね。ミツウロコ―。

投稿者: アダジオ法律事務所

2019.02.28更新

 1か月の間に3回も更新したことなんて,果たしていつぶりのことだったのだろうか。更新しない私が悪いのだけれど。

 

 いや,今日は何の話をするのかと言えば,ずばり道路交通法の話ですよ。私ははっきり自慢しますが,運転免許を取得して以来無事故無違反を継続し,生涯で1点すら失ったことがありません。この話をするとねぇ,なぜかみんないやーな顔をするんですが,その顔をしたいのはこっちの方ですよ。交通法規を守ってる側が何で気を使わんにゃならんのですかね。

 

 そして,皆さんはお気づきでしょうが,某春一番の日にドアパンチを食らった私の愛車は年間1万キロ走ってしまっています。つまり,日頃運転していないからゴールド免許なのではなく,むしろ走りすぎているにもかかわらず無事故無違反なのですよ,私は。もっと褒められてしかるべきだと思うわけですよ。

 

 そこで,日頃運転機会の多い私が考える,見ていて不愉快な気持ちになる交通違反を取り上げ,これを激しくディスることによって違反行為を抑制し,もって快適なドライブライフの実現を図るべく筆をとるに至ったわけであります。最後まで嫌な顔をせずにお付き合いください。

 

 

1.信号無視

 

 これはねぇ,結構えぐい種類の違反ですよ。仮免許試験中にやったら指導員にブレーキを踏まれて一発アウトになるやつですよ。しかし,それでも世の中には横行している違反行為の代表例ですね。ここで信号の意味をおさらいしておきましょう(道路交通法施行令2条)。

 まず,「青」信号の意味は「進むことができる」。誰も無理して進んでくれとは言っていないわけです。この点で問題になるのが,交差点の先が渋滞しているのに「青信号だから進まなきゃ。きゃっ。」と言って進行してしまい,その後信号が赤に変わった後に交差点の真ん中で立ち往生する車ですね。場所としては,「安浦2丁目」や「上町3丁目」,「本町3丁目」交差点などでよく目にする光景です。

 次に,「黄」信号の意味は「停止位置から先に進んではならない」。簡単に言えば「止まれ」です。右折車のためにもいつまでも直進を続けるのはやめましょう。「大津」や「野比」交差点で顕著ですね。

 最後に,「赤」信号の意味は「停止位置を越えて進んではならない」。よく見かけるのが,まだ信号が青に変わらないのにじりじりと停止線を越えていってしまう車です。締りが悪いってのは褒められるものではありませんよ。蛇口とか万年筆のキャップとかスピニングリールのドラグとか。まぁ,締めすぎはそれはそれで問題があるわけですが。

 あと,矢印で青信号を表している信号機は慣れていないと気付きませんよね。しかし,ドライバーである以上信号機は常に見ていなければならないわけですから,やはり言い訳にはなりませんよ。「浦賀駅前」とか「Yデッキ」とかね。ただし,クラクションを鳴らすかどうかは悩む。あおられたくないし。

 

 

2.右折時のショートカット

 

 これもねぇ,まあえぐいですよね。何がえぐいって,右折先で赤信号で停止しているときにはショートカット気味に突っ込んでくるもんですから,私の愛車の右前バンパーが持ってかれるんじゃないかという恐怖に襲われるわけです。「夫婦橋」とか嫌ですね。あと,三浦の「日の出」は本当に死ぬかと思う。

 交差点の右折の際にはあらかじめその前からできる限り道路の中央に寄り,かつ,交差点の中心の直近の内側を徐行しなければなりません(道路交通法34条)。イメージ的には,交差点をほぼ直角に曲がればオーケーです。これができない人が多い,いやできる人をほとんど見たことがない。なんでできないかというと,そもそも右折を待っているときのポジションが悪いわけですよ。手前で待ちすぎてるから斜めに入っていかざるを得ないわけで,右折先の道路の少し手前位置で待っていれば,適切な右折ができるはずです。ちなみに,私はショートカットする人のことを「小回り君」と呼んでいます。

 

 

3.車間距離不保持

 

 最近あおり運転が大流行中ですが,簡単に言うと車間距離が適切ではないわけですね。これについては,本人としてはあおり運転とは思っていなくても車間距離が近すぎるために前を走る車からはあおられているように感じる場合も多いと思われます。

 車間距離については,「車両等は,同一の進路を進行している他の車両等の直後を進行するときは,その直前の車両等が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるため必要な距離を,これから保たなければならない。」(道路交通法26条)に定められているように,れっきとした交通法規で定められた事項です。

 私自身は車間距離をかなり広くとる方ですが,それはその方がゆとりをもって運転できるからです。前の車に少しばかり近づこうが,別に目的地に早くつけるわけでもないですし,燃費が良くなるわけでもありません。まぁ,パシュートくらい近付いて走ればわかりませんが,日本代表に選ばれてるわけではないのですから,早晩追突しちゃうでしょう。

 

 

4.横断歩道がない場所での横断歩行者

 

 この問題は少し厄介ですよ。というのは,見たところ横断歩道以外の場所を歩行者が横断することに対して罰則がありません。ただし,「歩行者は,車両等の直前又は直後で道路を横断してはならない。ただし、横断歩道によつて道路を横断するとき,又は信号機の表示する信号若しくは警察官等の手信号等に従つて道路を横断するときは,この限りでない。」(道路交通法13条1項),「歩行者は,道路標識等によりその横断が禁止されている道路の部分においては,道路を横断してはならない。」(同条2項)という規定は存在します。

 歩行者の横断については,むしろそのタイミングについて物申したいですね。つまり「いやいや,そのタイミングじゃないと思うよ?」ということですよ。車が通っていない道路を横断するのは自由ですし,片側1車線のような狭い道路を横断することもタイミングによっては可能でしょう。そうではなくて,片側2車線+中央分離帯があるような幹線道路を横断したり,車が来る直前に飛び出してきたりするのは命知らずでしょう。よく見かけるのは,馬堀海岸の海岸沿いとかですかね。狭い道路で言えば,根岸交通公園のあたり。

 しかし,悲しいかな。そういう人ってかなり多いんですよね。たぶんそういう人は大縄跳びとか向いてないでしょうね。だって,「そのタイミング」じゃないんですもの。大縄跳びは他の同級生からの冷たい視線くらいで済みますが,幹線道路の場合はそれでは済まないでしょうから,お互いのためにもやめましょうね。

 

 

5.バイクや自転車のすり抜け

 

 三浦半島はいつから集団走行のメッカになったのでしょうか。週末になるとブブブブーンという効果音を発するお兄さん(お姉さんかもしれない)たちが徒党を組んで国道134号線を爆走しております。また,他方では,色とりどりの体にぴったり付着する化学繊維でできた服を身につけたお兄さん(お姉さんかもしれない)がバイクよりも高いんじゃないかと思われる華奢なバイシクルに乗って,颯爽と我が愛車の横を通り過ぎていきます。

 この問題については,「追い越し」にあたる場合は,右からしか追い抜いてはいけない(道路交通法28条1項)なので,車の左側を通過することは違反になりますが,追い越そうとしている車が停車している場合は追い越しにあたらないので法律上は問題ないということになります。

 そうはいってもねぇ。ただでさえ狭い三浦半島の道なのにすり抜けをされるのはいい気分ではないですよ。もしボディカラーとは違う色に塗られている愛車の左サイドミラーに接触でもされた日には,冷静な判断ができるかどうか自信がありませんよ。ただし,派手にすっころんで苦しみのさなかにいるバイシクルの人がいた場合には,「大丈夫?」と声を掛けるくらいの優しさは持ち合わせています。

 

 

 今日もとりとめのない話になってしまいましたね。でもそれが売りですからね。みなさんもちゃんと交通法規を守って,ヴェルクよこすかで更新時の講習を受けないようにしてくださいね。なお,横須賀警察署で免許の更新をしたときには視力検査の係員から「日頃よく来てますよね。」と声を掛けられました。接見に行く私の姿を見ていたようですね。ご安心ください。今度言葉を交わすときは平成35年ですよ。

投稿者: アダジオ法律事務所

2019.02.19更新

 ずいぶん昔のことになるが,その日当番弁護の担当日だった私は,弁護士会刑事弁護センターからの出動要請を受けて横浜地方検察庁横須賀支部へ赴き,弁解録取書を作成し終えたばかりの被疑者と接見した。

 

 弁護士との接見を要請した理由は,別に私選弁護人に就任してほしいというものではなく,友人へ電話をかけてほしいというものと今後の見通しを教えてほしいというものであった。横須賀における当番弁護接見はこのパターンがとても多いが,身体拘束直後の被疑者にとっては外部との連絡を取りたいと思うのが当然であるし,そのように弁護士を使ってもらうことは全然構わない。

 

 あまり詳細を覚えているわけではないが,私は知人への連絡を約束し,また聴き取った事実に基づいて今後の見通しについて説明を行った。最初はふんふん聞いていた被疑者だったが,問題はここからだった。彼(彼女かもしれない)は私に向かってこう尋ねた。

 

 

 「弁護士さんとしての説明はわかったんですけど,そうじゃなくて個人的にはどう思いますか。」

 

 

 この質問は,あまりにも予想していなかったので,全然意味が分からなかった。彼(彼女かもしれない)は,私に対して,弁護士としての意見を聴きたいのではなくて個人としての意見を聴きたいのだという。そこで私は答えた。「私を構成する要素から弁護士としての要素を取り去ったら,私個人は法律のことには詳しくないので全然わかりません。あと,私はあなたの友人ではないので,個人的なアドバイスをする立場にはありません。」

 

 いやぁ,そのときの彼(彼女かもしれない)の反応の困った表情にはこちらも困らされた。彼(彼女かもしれない)は必死だった。「いや,弁護士さんって色々立場とかあるから言えないこともあるかもしれないじゃないですか。そうじゃなくて,先生個人としてはどう思うのかっていうのを知りたいんですけど。」

 

 私はさらに困惑した。「先生」と「個人」がすでに矛盾しているし,要するに何を聞きたいのか全然わからなかったのだが,何度かやり取りしているうちに何となく見えてきた。つまりは「そういう建前じゃなくて本音を聞きたいんすよ。」ということなのではないか,と。

 

 これは困った。目の前にいる人は,「人には本音と建前というものがあって,日頃は建前を言って生きているけれど,本当に大事なのは本音であって,自分は今まさにその本音を聞きたい。」と言っているようだった。そして,そのような考え方は私の中には一切ない考え方だった。

 

 「本音を話す」という標語は,一見するととてもいいことを言っているようであるが,それには「本音を話すことはいいことだ。」という価値判断が前提になければ理解できない。しかし,本当にそうだろうか。ただ,自分にとって都合のいい話を「本音」と呼び,都合の悪い話を「建前」と呼び分けているだけではないだろうか。そうであれば,「本音」と「建前」という区分に意味はない。

 

 または,歯切れのいい言葉を「本音」といい,歯切れの悪い言葉を「建前」と呼んでいるのであれば,現状認識に対する甘えがあるように思う。物事は全部が全部きれいに割り切れるわけではないのだから,歯切れがいいことが良いことでもなく,はたまた歯切れの悪いことが悪いことでもない。

 

 弁護士をしていると持って回ったような煮え切らない態度をとらざるを得ないことがあるが,それはやむを得ずやっているのであって,あえて「本音」を隠そうとしてやっているのではない。例えば,事件の見立てについて「一般的には大丈夫だと思いますけど,相手のあることなのでやってみないとわかりません。」と答えざるを得ないことがあるが,回答について責任を持とうとするとどうしてもこれくらい曖昧な表現になってしまう。逆に,「私に任せておけば大丈夫。必ず勝てますよ。」と答えることは嘘になる(弁護士としての品位も害する。)。

 

 また,私自身の性格として,「正直村の住人」と呼ばれるほど嘘が嫌いなので,少しでも断定できないことがあると考えないと答えられなかったり,答えたとしてもまわりっくどい内容になったりする。江戸っ子からは嫌われるが,別にお江戸に暮らしているわけではないので構わない。

 

 

 まぁ,結局何を言いたかったのかというと,人と話すときは自分に都合のいい話だけ聞こうとしないことと,弁護士と話すときは多少の曖昧さを含んだ内容にならざるを得ませんよということですね。いえーい,予防線がっちり張っといたから,今後の相談はスムーズに進むぞー。

投稿者: アダジオ法律事務所

2019.02.01更新

 ゆく川の水は絶えずして、しかも元の水にあらず。あの頃の初々しい自分と5年分のブレーキダストを浴びた自分も同じ人間ではないのだなあとしみじみ思う今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

 

 当事務所は、おかげさまで開業5年目を迎えることになりました。はじめはどうなることかと思っていた事務所運営ですが、困ったときに誰かが助けてくれるという激運の持ち主であるという属性だけで、今日まで生き永らえてまいりました。

 

 何やら去年の同時期に書いたブログを見返してみると、一昨年は充実した1年間を過ごしていたようですね。去年はよくわからないままに1年間が過ぎていったという感想なので、特に申し上げることはありません。残念!

 

 また、弁護士登録をしてからは、丸5年が経過し、6年目に突入いたしました。思えば、登録後1年で早々に事務所を退所してしまい、まさしく裸一貫でやってきたわけですが、人間何とかなるものですね。いや、なってないような気もしますが、少なくとも生きてはいます。

 

 本来ならば、今後の5年間・10年間の抱負を述べるべきところなのでしょうが、私自身はこれまでの5年間の疲れがどっと出ている状態でして、毎日体が重くて仕方ありません。ドラえもんがどら焼き食べたくないと言っているような感じ。

 

 ですので、常時フルパワーで活動することは難しいのですが、ここぞというときにはフルパワーが出せるようにしますので、何卒温かい目で見守っていただければ幸いです。

 

 さて、新しい元号は何になるのかなぁ(平成の間に次の記事を書かなかったときの保険)。

投稿者: アダジオ法律事務所

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